3回シリーズの最終回になります。完走後の話と、今後のこと、走ることに対する自分の思いについて書いていこうと思います。
完走後のこと(身体への影響など)
ゴール後、妹に介抱されながら帰宅。身内は誰ひとりとして僕が完走できるとは予想しておらず、驚き半分呆れ半分で家に迎え入れられました。風呂と軽い食事だけ済ませて、翌朝まで10時間ほど泥のように眠りました(野球の日本シリーズの中継を見る余力はありませんでしたが、この晩、めでたく横浜ベイスターズが日本一を決めました)。
翌朝目覚めると、予想どおり、人生最悪の筋肉痛になっていました。起きがけは腰から下すべてに全く力を入れられず、金縛りに遭ったような、あるいは自分だけ地球の重力が10倍になったかのような気分でした。それでも昼には辛うじて立ち上がってゆっくり歩けるようになり、いい天気だったし、リハビリを兼ねて友人と会ってラーメンを食べました。

その翌日(完走から2日後)から仕事でしたが、この時点で「フツーの筋肉痛」レベルまで落ち着いており、さらには、前にも増して職場の階段をスイスイ登れるものだから(超回復)、まだまだ自分の身体は若かったんだなぁ、と自惚れながら過ごしました。完走したことは職場のみんなからも驚かれました。
5日も経つ頃には、筋肉痛はほぼ完治しました。ただし、膝の鈍い関節痛だけが2週間ばかり後を引きました。膝への負担軽減は今後の課題です(たぶん減量するだけで解決しそうなのだけど、それが一番難しい)。翌週末からランニングを再開しました。以後、現在まで、毎週末にキロ6分30秒〜7分ペースで10〜15キロ1本、平日は週2くらいで走れる時に4~5キロ程度(30分)を目安にランニングを続けています。
僕が住む街は、冬は天気が悪くて(日本海側)雨ばかりなので、いつもアメダス雨雲レーダーと睨めっこして、止み間を見計らって走っています。雪は、ことしは珍しく1月までは大して降りませんでしたが、この文章を書いている2月上旬の寒波で50センチほど積もってしまい(なお、この程度は「大雪」ではない)、しばらくは走る場所に苦労しそうです(体育館やトンネルはあまり気が乗らない)。雪解けまでは思い切ってダンベルトレーニングにシフトしようかなぁ・・・などと考えています。
ハーフマラソン出場(12月)
富山マラソンから約1ヶ月半後の12月15日、兵庫県は三田(さんだ)市で開催された、「第36回三田国際マスターズマラソン」(ハーフ)に出走し、制限時間2時間半のところ、2時間25分でギリギリ完走することができました。個人的には、最初から歩く気満々だった富山ではなく、三田ハーフの方をきちんと完走することでランニング1年目の集大成にできるように練習を重ねていました(実力的に「完走できるかできないか」の瀬戸際の大会にあえて申し込んだ)。結果的には、一度も歩くことなくペースを保ってゴールできたので大満足。関西に住んでいる学生時代の友人も応援に来てくれて、とても励まされました(写真も撮ってくれました)。

ちなみに、三田という街を訪れたのは初めてでしたが、ここのコースの景観が面白かった(アップダウンを伴いながら田園地帯とニュータウンを周回する)のをきっかけに、「知らない街を(観光がてら)走る」ことの楽しさに目覚めました(1月は大阪城と若狭の海沿いに行って走りました)。走った後に汗を流せるランステや銭湯を探しておいて、週末の旅行やドライブのついでにランニングを取り入れたいな、と思っています。

今後は、3月末に今住んでる街のフルマラソン(目標:6時間切りで完走)、4月末に故郷のハーフマラソンに出て、夏場は暑すぎて長距離は無理なので細々と退勤ランに勤しんで、秋にまたハーフとフル1本ずつ走って・・・というのを、できるかぎり続けていきたいと思っています。
僕たちはどう走るか
最後に、どんなことを考えて日々走っているか、思うところを率直に書こうと思います。
前提として、走る人の数だけ、走ることへの向き合い方があると思います。たとえば陸上競技をやっている人なら、自己ベストを更新することや、ライバルに勝つことを第一に考えて、ハードな練習に励んでいる人も少なくないでしょう。ストイックにひたむきに走り込む姿は掛け値なしのリスペクトに値すると僕は思います。
一方で、僕は何かと競うためには走りません。走り始めたのは健康・体質改善のためでしたが、今も走り続けているのは、自由に走るという行為自体の楽しさ・心地よさに魅入られているからだと思っています。
僕はクルマの運転が好きなのですが(マニュアル車とビッグスクーターに乗っています)、ランニングには運転と相通ずる楽しさがあります。ランニングウォッチを身につけてペースや心拍数を可視化した状態で、上り下りの道を息を弾ませながら走っていると、時計の文字盤が運転席のメーターパネルに重なって、自分の身体がクルマになったかのような感覚になります。心臓はエンジン、回り続ける脚はギア。
それから、僕はピアノを弾くのも好きなのですが、「自己との対話」という点で、走ることは楽器演奏と共通していると思っています。楽器を弾くことは自己の精神と、走ることは身体と、まっすぐ向き合うことを求められます。どちらをするにしても、自分の中の「芯」というか「軸」みたいなものが正されていく感覚を味わえます。
なんだか話の落としどころが分からなくなってきたので、実用的な匂いのするアドバイスを列挙してお茶を濁そうと思います(逃げ)。最初から無理をしないこと(具体的には、ペースを上げすぎる、無理な距離を走るなど)。ちゃんとストレッチすること。自分のペースを見つけて大事にすること(歩いてもいい)。靴やウェアなどの装備をケチりすぎないこと(安いシャツで走ったら乳首が擦れて取れそうなくらい痛かった)。ランニングウォッチがあると良いこと(心拍数を一定に保つのがポイント)。ときに我流は危険なので、適度なアドバイザーを見つけた方が良いこと。(初心者なら)アドバイザーはレベルのかけ離れた人(フルサブ3くらい?)が良いこと(レベルの近い人だと、無用な実力の張り合いが生じかねない)。世の中は思い通りにならないことばかりだとしても、「どう走るか」だけは完全に自分の思い通りにできるのだし、するべきだということ。どこまでも自分のためだけに走ること。
最後までお読みくださりありがとうございました。